- てづこ:
- わぁ~素敵なお教室ですね。
- 大塚さん:
- 糸屋さんみたいになってきちゃって。(笑)
- てづこ:
- こんなにたくさんの糸を見ていると、いろいろと作りたいものが湧いてきませんか?
- 大塚さん:
- そうですねぇ、生徒さん達は、"こんなにあるとうれしい"って、仰ってくれてます。
- てづこ:
- これ何ですか?
- 大塚さん:
- これは、刺繍の枠なんです。スイスから届いたばかりで、まだ湯気が出ている感じなんです。(笑)数日前にスイスから帰ってきたんですが、山奥にすごく素敵な刺繍を作る民族がいて、もう途絶えかかっているんですが、そこで出合ったんです、これに! 普通は二重になったこの部分が木枠でしょ、なのにこれは、皮のベルトになってるの。大きいしどうしようかなぁと思ったんですが、珍しいし面白いでしょ。だからもう、買ってきちゃったんです!(笑)
こっちは、ピンクッション。ここのへこみ部分に、糸やハサミ、指抜きなどを入れておけるんです。これは、机にはさんで固定できるの。 - てづこ:
- 置いてあるだけで素敵ですねぇ。明るい窓辺で刺繍する姿が絵になりそうです。
そういえば、足は大丈夫ですか? - 大塚さん:
- もう、大丈夫ですよ。この2ヶ月間ね、骨折してたの。はじめは、みんなが「先生、これは神様がくださったプレゼントですよ、お休みの」と言ってくれたんですけど、この2ヶ月間に、大阪2往復、福岡2往復、名古屋2往復、それからスイスまで行っちゃって、おまけに撮影も入ってた!
- てづこ:
- ぜんぜん休んでないじゃないですか!(笑)
- 大塚さん:
- そうなの。よくスイスも行けたと思って、よく働きました。(笑)
- てづこ:
- 先生は、よく海外に行かれるんですか?
- 大塚さん:
- 去年の2月はイタリアとフランスとドイツに、ヨーロッパの伝統的な刺繍を見に博物館や美術館に行きました。
スイスは昔から刺繍が有名で、今回は山奥の民族が昔の生活を再現している場所に行ったんです。
そこは、部屋があって、ベッドや当時着ていた服が、そのまま残してあるんです。
今にも、生活できそうな感じで物が置かれてるんです。すごく貧しいところで、山奥だから産業もそんなにないんですよ。
でもね、ベッドのシーツに素敵なドローワーク刺繍がしてあったり、枕にイニシャルの刺繍がしてあったり、
昔の生活はやることが沢山あって大変だったろうに、全然手を抜いていないんです。だから、お部屋が索漠としていないの。
貧しくてもこんな風に、生活に彩りをくわえ暮らしてたんだなぁと思うと、なんだかものすごく考えさせられました。
今、何でもある時代でしょ、豊かさってなんだろう、って。
- てづこ:
- 先生のお宅には、刺繍作品は飾ってあるんですか?
- 大塚さん:
- 家にはひとつもないの。
- てづこ:
- えっ、そうなんですか?
- 大塚さん:
- 家では刺繍せず、リラクッスする場にしているんです。
- てづこ:
- では、刺繍はどちらで?
- 大塚さん:
- このお教室の上にアトリエがあって、そこでするんです。仕事はそこでかたづけて、うちではあまりやらないようにしています。
- 大塚さん:
- 私がニューヨークのメトロポリタン美術館ではじめて個展(2010 年)を開催した時に、『刺繍家・大塚あや子が見た~白糸刺繍の歴史とステッチの遍歴』というタイトルで講演もさせていただきました。
今、白糸刺繍を含めそうですが、いろんな技術が疲弊して、継ぐ人がいなく、昔のデザインのみで、新たにデザインする人もいない状態です。ヨーロッパにバテンレースというのを頼んでいたら、もうその材料を作る後継者がいなくなっていました。これでは、先へ続いていかないですよね。
だから、これからも海外の方とコンタクトをとって、国際交流しながら、少しでも私なりにがんばっていこうかなと思っています。 - てづこ:
- 海外では、刺繍がアートとして、きちんと評価されているんですね。
- 大塚さん:
- アメリカやヨーロッパでは、オリジナルのデザインが作れて、刺すこともできる人は、クリエーターとしてリスペクトされますね。日本では残念ながらないので、たまに悲しくなることがあります。
- 大塚さん:
- 今までは、やさしく簡単で、はじめての人でもすぐできるようなものを作ってください、というお仕事のオーダーがすごく多かったんです。でもそろそろ、そこは若い人に担っていただいて、私にはもう少し違う仕事があるんじゃないかなと。
難しい手法で、まだ本にもなっていなくて、残さなければならないと思うものを、
これから作っていこうと思っています。 - てづこ:
- スイスに行ったのも、そのひとつですか?
- 大塚さん:
- そうですね、スイスの山奥の刺繍はほとんど紹介されていなくて、アメリカ人刺繍コレクターが書いた記事があって読んだのですが、私の中でその刺繍の説明が腑に落ちなくて、何回読んでも違う気がしてたんです。
- てづこ:
- 何が違うんですか?
- 大塚さん:
- やっぱり刺繍をしてる人じゃないから、コレクターの人だから。刺繍を見ても、実際に刺繍をやる人とやらない人では、見る視点も深さもまったく違いますからね。
だから、今回見に行けてよかったです。
- てづこ:
- 先生は本を作る時、気にかけていることはありますか?
- 大塚さん:
- 昔ね、サイン会をやった時に網走と奄美大島の人が来てくれたんです。昔だから本屋もお教室も、もちろんAmazonも
ないんですよ。その人たちに言われたのが、先生の本がなぜ好きかと言うと「説明がわかりやすいから」って、
「これからもよろしくお願いしますね」って。そのコトバが、心にずっと残っているんです。
私の見えない場所で、本を買ってくれている人達に、この本を買って良かったなぁ、と思ってもらえる本を作りたいなと、
いつも思っています。
- てづこ:
- 今、発売されています『大塚あや子のウール刺しゅう きほん&テクニック』についてお聞きしたいのですが。
- 大塚さん:
- ウール刺繍はね、私の中でとても思い出深いの。私が小学校1年生の時に、母が学校で使う座布団を作ってくれたんです。姉と私が着ていたセーターをほどいて、スミルナ・ステッチを施したもので、それが友達にすごく褒められて、とても自慢だったの。その母は今、101 歳でとても元気です。
- てづこ:
- すごいですね、あやかりたい!
- 大塚さん:
- これはね、その座布団を思い出して作ったレプリカです。
- てづこ:
- これ、お洒落なクッションですよ! 座布団じゃないですね。
- 大塚さん:
- 絨毯みたいでしょ、トルコのスミルナという場所が" 結びめ絨毯 "の産地で、そこで生まれたステッチなの。あと昔はね、刺繍と言えばウールかシルクだったので、わざわざウール刺繍とは呼んでいなかったんですよ。
- てづこ:
- えっ!? コットン(綿)の糸は?
- 大塚さん:
- 19 世紀になってはじめてコットンの糸ができたので、それまではコットンの糸はなかったの。ですから、このウール刺繍の本もウールだからといって、冬だけのものとは思わずに、1年中参考にしていただけたらと思います。
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